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sawadee!!紀行+


2004-02-03 チャダルトレック4日目 [長年日記]

ラマの家→ギャルモスティン

ラマの家の朝は寒かった。夜に少しRUM酒を飲んだのでトイレが近い。そのおかげで家の周りを探索することができた。朝の渓谷は紫色をしていた。すべてのものが紫色。家の飲み水の経路にあたらないキョリを歩いていき、用を足して戻る頃には紫色のフィルターは薄くなり、それぞれの物質が持つ色になりつつあった。川はエメラルドグリーンへ。岩山は黄土色へ。
朝一番で、凍った滝の上を歩く。2メートルほどの滝が断続的に続いているところで、不安なところはひたすら砂を撒きながら歩く。滑ったら死なないまでも、薄い氷の上に落下してズブ濡れになってしまうのだ。15時までほぼ快適なトレッキングを続ける。太陽は高く昇り、氷で強力に反射する。すべてが輝いて見える。濃紺の空以外は。川の上を氷の結晶が流れていく。生まれたての氷。彼らがひっつきあって、いまの足元の氷ができているのだ。
15時過ぎ、進むべき道がなくなる。道は、ないわけではない。頭上に急角度でせりあがっている坂と崖の中間のような急斜面。材質は砂と岩。これをあがるのか…、と呆然としている前方でスタンジンが小声で言った。「氷が薄すぎる。岸までつくのが難しい…」。全員が一定の間隔を空けて並ぶ。固まっていたら、氷が崩れてしまいそうで、どうしてもそうせざるをえない。まずはスタンジンが渡った。ステッキで氷の硬さを確かめながら。氷が湾曲していた。どこかの隙間から氷の上に水が流れ込んでいる。曲がってしまった氷がもとに戻らない。次にソンブー。彼は軽いので、難なくクリア。その次に物資を乗せたソリ。これには失敗してしまう。湾曲してしまった部分の凹凸に引っかかり、氷が小規模に壊れてしまう。物資のいくつかは一瞬だが水に使ってしまった。引き上げて、置く。これだけの時間で物資についた水は氷に変わっていた。ただ、道に広がった水たまりはなかなか凍ろうとはしない。次にTAKA。彼の順番で氷は大破してしまった。彼自身も太ももまで水につかる。次は自分の順番。実は待っている間が最も恐ろしかった。進入してきた水がどんどん自分の近くまで流れてきてバシ!ミシッ!と音を立てて氷を割っていく。氷の結合が明らかに緩くなっていく音。落盤を予感させる音。自分が少しでも動こうものなら、悲鳴のような音をたてていくのだ。氷は。そしてめぐってきた自分の順番。進む先には氷がない。泳ぐしか方法はない。一応、念のためにと空のソリを水面に浮かべて、その上をできるだけ早く渡るように画策したけれども、そんなもんに意味などあるわけがない。ザブン…。岸までは3秒ぐらいだったと思う。それでも胸の下までずぶぬれになった。0度近くの水。体を取り巻くマイナス20度近くの風。着替えも一瞬でしなくてはならない。ぬれた服を脱ぎ捨て、大急ぎで着替える。服は持っているが、靴はない。乾いた靴下をはき、その上にゴミ袋をかぶせて靴を履く。靴はすでに凍っていた。濡れた服をザックに入れようと取ろうとした。もはや岩と一体化している。バリバリバリというイヤな音とともに大きな服は回収できたが、靴下はすでに石になっていた。
まさかここで寝るわけにはいかない。崖をみんなで登る。ときおり先行する者や自分が石を落としてしまう。ものすごい時間差でドボーンと音がした。崖の標高は200メートル以上。もう、むちゃくちゃである。登りきったときには、夜の到来を予感させる空の色になっていた。下りはさらに過酷。50メートルほど降りたら、今度はひたすら滝。自分の靴は滑る。150メートルの滝ではなく2〜7メートルぐらいの滝が連鎖しているのだが、一度でもスリップしようものなら間違いなく下まで落ちて死ぬ。できるだけ岩の上や砂の上を歩く。バケツリレー式に荷物を送ることたびたび。
ぐるっ、ドスン!突然、視界が滝から空に変わった。一瞬だったが自分がスリップしてしまったことを理解した。死ぬ。それまでに、何度も氷や岩に跳ね飛ばされる痛みがイヤだった。やってしまった。死んじまう。腹を くくって来ているので、自分自身には後悔はないけれども、いろいろお世話になった人や家族に申し訳なく思った。彼女をつくっていなかったのだけは少しホッとした。死体は、死体は捨てていかれるのかな?その答えを探しているときに、「グ…フン」という声がして、大きな力で自分の体が支えられていた。スタンジンがキャッチしてくれたのだ。
そこから川の近くまで降りる道もメチャクチャだった。完全に切り立った崖にせり出している幅20cmほどの道。ときおりある40cmほどのところで休息を取り、また崖を折りる。何度も何度も繰り返す。川は確実に大きくなってきているのだが、生存決定への実感は一向にない。高さが20メートルほどのところまできて、大怪我ですむんだ、と少し安心した。氷と水で感覚が鈍感になってしまった足と仲間だけを頼りに降りてきた。19時。何もないところだけど、これ以上動くことなんてもちろんできなかった。滝は水面近くで20メートルほどの幅になっていて、滑る自分の靴では無理だと感じていた。明日の命運は明日が決める。が、最悪のスタートは確実だった。あの滝を渡らなければならない。しかも夜を越えて完全に凍ってしまった靴を履いて。
泊まったのは降りてきてすぐの岩棚の上。ものすごく狭いけれども、ややフラットになっているため、ここしか停泊するところはない。夜もふけてみんなはチャイを飲み、メシを食った。自分は水に落ちてしまっているため 寝袋で運ばれてくるのを待った。体の芯まで冷えるこの感覚。いま自分は確実に危機に直面していた。そして自分のほかにも危機に直面している男もいたのだ。
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