2006-03-28 相変わらず運だけで世渡り
yotsuya_tokyo
おそるおそる取引先を訪ねてみる。「3月の中旬くらいですかねー、帰国は。変更があれば連絡しますよ」と言って出国したのが1か月前。で、その3月中旬には「チケットがとれないっす」とバンコクからメールを送り(半分は実話。高いのなら帰れていた)、下旬の帰国にしたのだった。それだけなら、実際に安いチケットが取れなかったのだから媚びる必要はないんだけど…
チケット待ち間にタイのコ・サメットなる所に行ったのがマズかった。どんなところかとゆーと、白い砂浜、椰子の木、高い太陽、透明な海、とーれとれぴーちぴちの魚介類なんていうところで。察しの良い方は気づいているように、いままさに日焼けで皮がむけていたりするのである。しかも建設コンサルタントにとっては死兆星を見ながら徹夜しまくる年度末。「ははは、ぼくも電磁波で焼けてしまいましてね」とかお茶を濁せるレベルではすでにない。どう事情を説明しようかとおそるおそる行ってみたら…みなさん徹夜しすぎでどーーーーでもよくなっていた。もはや羨ましいとか妬みとかを通り越して、「南の島→よいところ→めしうまい→うみきれい→日焼けする」なんてことに頭を動かす暇があったら「睡眠したいんじゃー!」というレベル。早々にためていた請求書などを出して退散。みなさんお大事に。
こちらも年度末に向けていろいろモノをつくってきたけど、われわれのような協力会社が忙しいのは2月末くらいまで。あとは、元締めのクライアントが先方(公共)とやり取りして固めていくものだし、時間が空いたらそりゃ海外へのフィールドワークをせなアカンわいなっちゅうことで、来年もここは出国のチャンスだなと感じたのだった。
2008-03-28 熱さとは
okurayama_yokohama
2002年以来のweb旅行記を作り始めている。
その2002年のやつとは何かというと、ラダックを自転車で走った時の「ラダック〜チャリンコ記〜」なんだけれども、あの頃は何もかも分からず、ただただこの旅を世に発信したくて必死になって作った。
今、見ると「あそこはこうしたい」「これをこうしたい」なんて、いろいろ思う所はあるのだけれども…文章や写真が傍目には上達したいま、この過去の自分が思わぬライバルになっている。
自分で言うのも何だが、とにかく熱っ苦しいくらい情熱があるのだ。冷静を装っているけれども、必死でちゃりんこに乗ってヒマラヤを越え、わけのわからんwebにがむしゃらに取り組んで、やっとできたのが、これなのである。ひょっとすると、これまで何年も制作業をしてきて自らが「作品」と呼びたいのは、これだけかもしれない。そんな思いと、歳を取った自分が若い自分と向き合っている。
やったろうやん、最も仲の良い青二才。
熱さにおいても、おれはきみに負けない。
O'sam [がんばれー。 しかしうらはいっぱい働いてるのにワーカホリックな感じしないなぁ。 あ、花見にお邪魔したいぞーw。]
uracci [まー、それなりに楽しいことは点々とはあるからねぇ。朝起きられないだけで普通の仕事は無理やし、こんなテキトウな人が厳し..]