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sawadee!!紀行+


2003-01-04 試験運用4

kobe

●見出し案25
トルコらしさがなくなる?
(イスタンブール/トルコ共和国)
イスタンブールに来る楽しみのひとつに、鯖サンドがある。筆者が2004年に訪れたとき、一回目は完全になく、次の時には細々と営業していた。どうやら記念碑委員会というところが、「景観を壊している」とクレームをつけたからという。らしさを捨ててまで、EU加盟を目指している。
※写真/鯖サンドの屋台
▲旅行者にとては、鯖サンド屋台があってこその景観。キレイ=景観のよさなのだろうか。

●見出し案26
ビール1本百五十万トルコリラでした。
(トルコ共和国全土)
2005年1月1日にトルコでデノミネーションが行われた。これはインフレ貨幣を抱える国家が余分なゼロを取ることだが、トルコの場合は他にも理由があったらしい。それは今年から山場を迎えるEU加盟とユーロ通貨に統合するための布石とのこと。もちろん新1リラ=約0.75ドル=1ユーロに設定されている。
※写真/旧トルコリラ
▲デノミ前の旧紙幣。切り下げ前は、なんと1ドル=1500000トルコリラ。

●見出し案27
ブルガリア正教徒の祈り。
(ソフィア/ブルガリア共和国)
ブルガリアで一般的に信仰されている宗教は、ブルガリア正教である。これはギリシャ系東方正教会の一派で、カトリックでもプロテスタントでもない。オーソドックス・チャーチと呼ばれ、キリスト教が生まれた中東を中心に、ギリシャ、東欧、ロシアへと広がった一派である。
※写真/ブルガリア正教の教会
▲トルコから来ると突然キリスト教文化圏に入る。住民の83.8%がブルガリア正教の信者という。

●見出し案28
残された銃痕が血の革命を物語る。
(ブカレスト/ルーマニア)
1989年12月21日、宮殿前広場。独裁者チャウシェスクの演説が銃声によりかき消された。革命の始まりだった。それから5日間で、彼と妻は銃殺される。ルーマニア革命の舞台である共産党広場には、いまなお銃痕がくっきりと残っていた。忘れてはならない記憶を、外国人でも見ることができる。
※写真/宮殿前広場の銃痕
▲「独裁者を倒そう!」「自由を!」と叫びながら散った命がルーマニアの礎となった。

●見出し案29
『国民の館』という名の私邸。
(ブカレスト/ルーマニア)
故・チャウシェスクは生前、飢えや凍え死にする国民から高い税を巻き上げ、私邸を建てていた。建築途中で革命が起こったとはいえ、部屋数3107、地上8階、地下5階、最地下には核シェルターを完備。総費用1500億円を投入して、ペンタゴンに次ぐ世界第二位の建物となっている。
※写真/国民の館
▲現在、その名に恥じぬ重要な観光収入源になっているのはなんとも皮肉なことだ。

●見出し案30
割れたガラスと雑草が語る歴史。
(アラッド/ルーマニア)
旧共産主義体制が崩壊し、一気に資本主義化した旧東欧諸国。中でもブルガリアとルーマニアはそのギャップにいまも苦しんでいる。工場の薄い窓ガラスは破れまくり、鉄道の線路には雑草が生い茂っていた。中にはその状態のままで操業している工場もあるのだから驚きだ。
※写真/電車と壊れた工場
▲資本主義化の波に乗り遅れたのは国民だけではない。国営企業や一般企業も同様に苦しんでいる。

●見出し案31
水よりも安い生ビール。
(ブカレスト/ルーマニア)
生1杯約35円。これ、ほんとの話です。それ以外にも宿泊費や交通費まで安い。しかしながら、その傾向も変わりつつあるのが現状。理由は、資本主義化して外貨がどっと入ってきたことがひとつ。そしてEU加盟を目指していることがもうひとつの理由。庶民の暮らしは厳しくなる一方だ。
※写真/ビールを注ぐおじさん
▲旧市街のバーは昼からたくさんの失業者やジプシーであふれている。

●見出し案32
バレエ・オペラ・メタルミュージック。
(ブダペスト/ハンガリー共和国)
旧共産主義体制が崩壊し、資本主義の産物がどっと流れ込んだ旧東欧諸国。このハンガリーも例外ではなく、西欧文化が若者を中心に大人気である。特徴は、我々にとっての新旧は関係ないこと。音楽でいえば、80年代も今世紀もごちゃまぜで町中にポスターが張られていた。
※写真/スコーピオンズのビラ
▲西欧文化圏では80〜90年代に流行ったメタルミュージックも、ここでは最先端である。

●見出し案33
壊れた街。壊れなかった街。
(クラクフ/ポーランド共和国)
第二次大戦中、首都ワルシャワはナチスドイツ軍とロシア軍の激しい戦場となり破壊された。だが、第二の都市クラクフには、中世からの街並がそっくりそのまま残っている。皮肉なことに、ドイツ軍の司令部があったため爆撃を逃れることができたのだ。アウシュビッツ収容所も郊外にある。
※写真/クラクフ中心街
▲現在のローマ教皇が生まれた街、『シンドラーのリスト』の舞台となった街でもある。

●見出し案34
人が人を処刑するという狂気。
(アウシュビッツ収容所/ポーランド共和国)
当初はポーランド人政治犯の収容所だったアウシュビッツ。だが、第二次大戦後期には大量虐殺のための処刑場として機能し始める。収容されたのはユダヤ人、政治犯、刑事犯、ジプシー、同性愛者など。髪の毛や義足を筆頭に、大量の遺留品が戦争の異常さを物語っている。
※写真/アウシュビッツでの展示
▲「働けば自由になる」と書かれた入り口をくぐった28か国、150万人のうち9割もの人がガス室等で殺された。

●見出し案35
さすがはピルスナービールを生んだ国。
(チェスキークルムロフ/チェコ共和国)
国民一人あたりのビール消費量世界一は、チェコだった。なんと年間162リットル(ビール醸造所連盟調べ)も飲むとのこと。しかも二年連続での受賞だという。対して日本は世界24位の55リットルだが、国民全員での消費量では、世界第6位に入る。チェコには数えきれないほどのビールがあった。
写真/川とビール
▲各街ごとに地ビールがあるというお国柄。なんとバドワイザーはチェコ生まれのビールである。

●見出し案36
チェコの誇り、Skoda。
(プラハ/チェコ共和国)
チェコは工業が盛んな国である。特筆すべきものは自動車産業である。フォルクスワーゲングループに属するSkodaは2003年に46.6万台を生産。国内企業の売上ランキングでも常にトップを走り続けている。この生産数はVolvoの41.4万台を上回るものである。
※写真/スコダの背面
▲旧東欧には、他にルーマニアのDaciaというメーカーがあるが、生産数はSkodaに遠く及ばない。

●見出し案37
コーヒーショップという存在。
(アムステルダム/オランダ王国)
大麻合法の地、オランダ。アメリカのいくつかの州と同様、世界に先駆けて合法化した国である。街を歩いてみると、夜でもそれほど危険な雰囲気ではない。しかしながら昼に公園などを散歩してみると、この街の真の姿に出会えた。音楽を聴きながら、何をするでもなくボーっとする人がたくさんいたのだった。
※写真/夜のコーヒーショップ
▲アムステルダムの夜は、大麻を求めてやってきた若者たちであふれかえる。

●見出し案38
幸せを見知らぬ人とも喜びあう文化。
(ブリュッセル/ベルギー王国)
欧州の結婚式は、日本のそれとは趣向が異なる。身内や友人はおろか、見知らぬ一般人にまでお披露目するカップルと出会うことができるのだ。その際にはタイコやラッパなどの楽器隊まで動員し、演奏が始まるや見知らぬ人同士が手を取り合って踊りあう一面も。
※写真/広場での結婚式
▲会場をあとにするときは、花などで飾られた車でクラクションを鳴らし、行進しながら帰る。


2004-01-04 巣鴨潜入。

SUGAMO

東京在住の友人も行ったことがないというワンダーランド、巣鴨。今日はかの地への潜入を試みた。若さが吸い取られることも恐れず、突入したのは以下の4名。くろちゃん・えみちん・サムオ・uracci。一行は最初の横断歩道で普段の街並みとは違うことに気がついた。妙に見晴らしがいい。おじいちゃんとおばあちゃんばかりなので、頭ひとつ飛びぬけているのだ。巣鴨は親切なところである。縁起のいい真っ赤なモンスラ(=モンペスラックス)を高々と掲げていたり、ドアに「引く」と書くべきところを「引くよ」と書いていたり。しかも、その「よ」が遠慮がちなのがいい。パンツをはくだけで運気が上昇するというアイテムまである。出店も多くて、甘酒・お茶・おかき・じゃがバターと並ぶ。なにか欠けている気もするけど、とにかく食って飲むことができる。薬局などでは大げさに漢方薬が売られていることから、この界隈には健康に気づかう人が多いことも判明した。食堂には「酒は百薬の長」と殴り書きしてあった。肝臓の調子が悪そうなおじちゃんがべらぼうに酒を飲んでいる。きっと薬局は儲かっているはずである。
巣鴨に到着ん?なんか見晴らしがよろしいなぁとりあえずお参り。ありがたいのは分かるけど、拝みすぎである並ぶ出店。活きがいい、とは違う活気がある問答無用。御利益パンツはためく真っ赤なモンペ。長野にもいなごの佃煮がある、と彼は語った。その情報は今後に生かされないはずである。メシ屋はあまりない。軍団は探しまくったやたらと物腰の低い店メシにありついた。

2007-01-04 星降る夜

tokyodome_tokyo

ロマンと説得力。その命題に数々の勇者が汗と魂をぶつけていった日本のプロレス。静寂の中、パーーーンと破裂するようなチョップの音が響き渡り、胸元から汗が飛び散る。いまさらながらだが、プロレスは格闘技では、ない。簡単に言うと格闘芸術である。技を出す者と受ける者、レフェリー、観衆がひとつになって、そのときその場所だけの、記憶というあやふやな媒体にしか残らない、はかない作品を作り上げるのだ。
5対5マッチ
思えば、プロレスのそれらの要素は、非常に「旅」と酷似する。同じ場所を旅した友人の記憶とは似て非なる私だけの体験。時間と人、そして季節や気候、政治などはあくまでも流れ往くもので、いつも異なる表情を旅人に見せてくれる。あのレスラーが刻んできた歴史と技、もう一人のレスラーが歩んできた「道」。その遭遇がたとえ何度目でも、新しい出会いとなり、新しい作品ができ上がる。プロレスとはレスラーが作り上げる旅なのだ。
川田が技を返される
東京ドームという場所でプロレスを見るのは初めての体験だった。小さな箱ばかりの大阪プロレスをよく観てきた自分には、広すぎる空間。しかし、米粒のような大きさに見える逞しいレスラーたちは縦横無尽に走り回り、そして流れ星のように飛ぶ。体を預ける、という仕草が人にはある。プロレスの打撃技はまさに体を預ける行為だ。しかも、敵に、である。その痛みを伴うキャンバスへ向かうために、今日もレスラーは歩く。誇りと意地で作品を造り上げるというのはどこかおかしい気もするが、その矛盾こそがプロレスのすべてだ。今日もレスラーは花道を歩く。
鈴木みのる入場
死力を尽くす、という行為は総合格闘技にもプロレスにも存在する。そして、唯一その魂の方向性は一致するところは議論の余地を挟まない。レスラーという一個体としての人間は、己というものを存分に出しつくした上で、勝ち負けが決まる。そのような競技だけに、戦った後の気の張り方を見れば、その戦いが今後も続くのか、今回で決着がついたのかが分かるのもおもしろい。そう、プロレスは才能と意地が星を飛ばす物語なのだ。
鈴木みのる、力を出し切る
話は東京ドームに戻る。この会場は、コロシアムとなるのが素晴らしい。煌煌と照らすライトはレスラーとリングを際立たせる。その奥に朧げに霞む座席の表情はどこか古代の遺跡を思い出させるオレンジ色に染まっているのだった。手前には力を出し切るレスラーたち。動と静。その対比が美しい場所こそ東京ドームではあるまいか。
太陽ケア、棚橋を雪崩式で投げる
プロレスはあやふやな記憶という媒体に歴史を刻む物語だとする。とすると、この瞬間、この場所で起こることを見届けたくもなるものだ。いま、プロレスという絶滅指定種は総合格闘技という波にさらわれようとしている。
たかが、力道山からの歴史。確かにそうだが、戦前・戦中、そして戦後と大きな変革を世界とともに味わった私たち日本人としては、これもまた築き上げてきた素晴らしい日本の文化である。レスラー本人たちがベストを尽くさねば喰われてしまうのは確かだが、私はこの格闘芸術をまだ応援したいと思っているのだった。マーマレードのような甘さと艶を持つ日本のプロレスは、今年も美しく輝いていた。
武藤、蹴る

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くろ [はやくストンピングがしたい だだだだだだだだだだだだだだだだだだ さかおとし! おれは生のウエスタンラリアットを..]

uracci [チケとったどーーー。ひょっとするとボノ参戦!!!両国はやっぱ力入るねぇ。]