トップ «前の日記(2006-02-03) 最新 次の日記(2006-02-05)» 編集

sawadee!!紀行+


2006-02-04 続:オカネと物質 [長年日記]

okurayama_yokohama

この前、「iPODって音楽の存在が軽くなるし、アルバムとかの文化がなくなっちゃう、それはヤダ」と書いた。反響をいただいたので、さらに書き進めてみようと思う。
オカネを出してモノを買う、というのは誠に不思議な価値を生む。旅行者らしい例文でそれを検証してみよう。
あなたは、自由旅行でインドのデリーへ行く。チケットを手配したら夜中着だった。
初めてのインドだし、なんだか汚そうなイメージもある。夜、インド人とやりとりしなければならないってのも、どこか無気味だ。とりあえずネットで「デリー」やら「夜空港に着いたら」ってことを旅行関係のBBSで調べてみる。そしたら…
出るわ出るわ、「デリーに夜着いてタクシーに乗ったら変な旅行代理店に連れて行かれて、インド人数十人に囲まれました。恐かったので、ついつい言われたまま300ドルのツアーを申し込んだら帰してくれるようなので申し込んでしまいました。トホホ」「私はそのことについて知っていたので、同じ飛行機に乗っていた日本人数人とタクシーをシェアしました。でも、どこからともなくインド人が前の座席に乗り込んできて、私も変な旅行代理店に連れて行かれ同じ目に遭いました」「おれも騙された、もう二度と行きたくない」。などなどと書き綴られている(ほぼ実話)。さらに画面を進めて行くと… あった!この人は自分と同じ立場だ。参考になりそうだ!「●月●日、チケットを取ったのでデリーに行きます。これまでの過去ログを読んでいるとかなり物騒ですね。何か対策はないですか」。そしてその回答が
「そんなことを聞くようなヤツはインドにそもそも行くべきではない」「私は土地カンもあるので、インド人を追っ払ってバスに乗ります。ヒンディー語できますので」「私は初めてだけど、無事に行けましたよー(≧∇≦)~~*」。なんか余計に不安になってきた…となるはずです。そして、調べて行くうちに「初めての空港、こうすれば絶対に恐くない。必ず宿まで行ける情報200円」とあったとしよう。(実際にはそんなもんないんですが)
もしあなたが確実を追うタイプだったなら、「200円だし、まいっか」となるはずである。で、来た情報といえば「ターミナルのこういう場所からこう出て、目印のこの店を背にしながら100m行くと屋根のある部分を出るので、その先のタクシー乗り場を進行方向左手に折れて30mほど行くと●●という店があるので、その裏がバス乗り場です。夜は1時間に一本の運行ですのでご注意を。何を言われてもジ・ナヒーン(ヒンディー語でいらんわい!)と言いましょう。バスは水色とオレンジのラインが入ったものがあるのですが水色があなたの行きたい▲▲行きです。料金は**ルピー。交渉や言い合いをしなくても国営なので運転手の横の◇◇のあたりに**ルピーと書いてあるので指さしましょう。スムーズにぼられることなく乗ることができます」くらいだろうけど、なんと掲示板の書き込みと輝きが違うことか!ハッキリ言ってこの手の掲示板の情報を総括すればほぼ正しい情報は手に入るんだけれども、それをまとめてくれているからイイってだけじゃあるまい。オカネを払ったからそこに価値が生まれたのだと私は考える。無理矢理にでも表現すると、オカネを払ったから信じなきゃならない、とでも言おうか。たかだか200円を払うだけで、情報の重たさが全然違うのである。これは、音楽にでも、文章にでも、写真にでも、アートにでも、手芸にでも、ITにでも、何にでも通じるものだと思う。タダとか便利って、やっぱり重みがない。これこそが資本主義って世界で、そこに生きているなら(生きてしまっているなら)、大切なものほどオカネをかけなくてはならない。
譲れないものはそれなりの値段を出して買うべきである。WinnyとかLimeWireが便利って聞くけど、あれで曲を落としたとしても心に残らないのかもしれない。ただ各アーティストの曲の煌めきだけで輝いているようなものである。土台のない豪邸みたいなもんだ。なんかこれは、叩いてくる一回こっきりのクライアントに言いたくなってきた。