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sawadee!!紀行+


2004-05-16 ヒッチ3つ。 [長年日記]

ISTANBUL→EDIRNE→border→HASKOBO

11日もいたKONYAペンションを出た。ヨシヤとロビンは寝ていて、ユミちゃんが送ってくれた。「3週間後、シリアで会おう」が別れの言葉だった。振り返らない。今日からヨーロッパへ行く。物価は高い。相当、安い交通手段を見つけなければならない。そこで結論に達したのがヒッチだった。とはいえ、大きな都市から出るヒッチは難しい。ということで国境の近くの街までは鉄道で行くことにした。やたらと家族連れが乗ってくる。そうだ、今日は日曜日だった。ある家族と仲良くなった。EDIRNEの街はずれには歴史的なモスクがある、ということで迎えに来ていたお父さんに車に乗せてもらう。あっけないほど簡単に初ヒッチは成功した。モスクは立派なものだった。しかし、自分はパキスタンからずっと見続けてきただけに、他との差を探して観光は終わった。国境に向かう。ヒッチは成功しない。そうこうしているうちに安そうなボロバスが来たので、それに乗った。国境を越えようとすると、車に乗れ、と言ってくれるおっちゃんが登場。難なくボーダーを越える。荷物検査も何もなし。ノンビリとした国境だ。乗せてくれたおっちゃんはビジネスで行き先と違う方向へ向かうらしいので、検査を受けてすぐのところでバイバイした。次の車を探す。トラックや乗用車が何台も通り過ぎていく。ブルガリア人はヒッチさせてくれなかった。1時間以上たって、一台の車が止まってくれた。というより止めた。太ったトニーの車に乗せてもらう。緑の絨毯を敷き詰めたような大地をFORDのESCORTは排ガスをぶちまきながら進んでいった。途中、彼の叔父がいるというヴィッセルという村により、目的地のハスコヴォへ。高速道路を降りてしばらく走ったため、次のヒッチが難しくなる。それとともに日も暮れてきた。ホテルは現金がないので泊まれない。あるガソリンスタンドの裏にテントを張らせてもらった。夜勤の彼の名はミッシェル。ありがとうミッシェル、と思っていると雨が降ってきた。冷え込んで寒い。街のガススタの裏で凍えているのだった。