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sawadee!!紀行+


2004-01-11 ジョホールバル探検

MALAYSIA&SHINGAPORE

マレーシアに遠征してまいりました。
そのあとはまたローカルのおうちでディナーっす。
●1/国境に向かうバス。アジアの他の国境のように騒がしくないっす
●2/イミグレを超えたとたんに雰囲気ががらりと
●3/バススタンドでする
●4/マレーシアカレーを初試食
●5/雑貨屋もアジアっぽい
●6/ゲームセンターあり。全部日本語やん
●7/おねいさん、こっちゃ向いてくれ
●8/マレーシアのマクドナルド
●9/ギターショップを発見。さてさてどんなのがあるか…
●10/ちなみにヤマハのパシフィカが最高機種でする
●11/国境付近だけはきれいです
●12/国境だ。シンガポール側→マレーシア側
●13/手作りのフィリピン食。
●14/溶かしたチーズとビアをっ!
それでは写真をどうぞ。
国境に向かうバス。アジアの他の国境のように騒がしくないっす イミグレを超えたとたんに雰囲気ががらりと バススタンドでする マレーシアカレーを初試食 雑貨屋もアジアっぽい ゲームセンターあり。全部日本語やん おねいさん、こっちゃ向いてくれ マレーシアのマクドナルド ギターショップを発見。さてさてどんなのがあるか… ちなみにヤマハのパシフィカが最高機種でする 国境付近だけはきれいです 国境だ。シンガポール側→マレーシア側 手作りのフィリピン食。 溶かしたチーズとビアをっ!

2005-01-11 期間工日記(旅への資金調達2日目?)

toyota→

あちゃー、当たっちゃったよ。いやな予感。午前中の研修を受けて、そろそろお昼時ってときに「ちょっとお話がありますので」と別室につれていかれた。その部屋には4つほど簡単な間仕切りで仕切られたブースがあって、何名かの先客がいた。みんな一様に「はぁ」とか「すみません」とか言っている。「じゃぁ、始めましょうか」、係員が目の前で口火を切った。「結論から申し上げますと、その手のケガを治してから、また来ていただければ、と考えておりまして」。と歯切れ悪く切り出してくる。健康診断もろもろはよかったらしいけど、手のケガは社内マニュアルに反するようである。仕方がない。奇跡的な回復を見せていた手のケガだったけど、少し間に合わなかったようだ。
ということで、期間工日記は今日でおしまいっ!それはさておき、午前に受講した研修のタイトルが「welcome to to●●ta」だったのは皮肉なことだ。これを受けているときは「やったぁ!手の件はクリアした!なんたってウエルカムだからねー」と考えていたのだよ。う〜ん、一度歓迎しておいて手を離す。やっぱりムダを平気でできる大企業はこえー。
時間がポッカリ空いた。寮も「さっさと出てくださーい」という雰囲気で、そそくさと退散。ゆーすけ嫁を訪ねて、お茶をしてから最寄りのJRの駅へ送ってもらった。暇ができてしまったのである。これを活かさなくてどうする!暇を逆手にとることこそ、旅人としての本懐ではなかろうか。青春18きっぷを持つ自分にできることは、ひとつ。動くぞー!
とはいっても、時計は15時をさしている。いまから行けるところも限られているので、ひとまず東京へ向かうことにした。電車は東海道本線刈谷駅を出発し、浜松を目指す。車窓を眺めると、なんとトヨタと関係を持つ会社が多いことか!電車で隣に座ったこの中学生も、相当の確率でこのあたりの会社へ就職するのだろう。トヨタという会社が積んできた中部地方への貢献度が、あらたに感じられた。見渡す限り、クルマ、電気、部品メーカー。そりゃ、みんなトヨタ車ばっかり買うよ。中部の勇だわ、この会社は。いまの東海好景気をつくり出しているんだから。
静岡をこえてからしばらくして、車内の雰囲気がガラリと変わる。なんとなく人の輪郭がくすみはじめるのだ。オーラの質が変わると言えばいいのだろうか。みんな一様に疲れている。前に30歳を過ぎた女の人が座った。『さきちゃん』と書かれた携帯ストラップをぶらさげ、独り言をブツブツとつぶやきながら一心不乱にメールを打っていたけれども、そんな人の名前をアピールされましても。次に入れ替わりで座ったのは、大丈夫か!といいたくなる同じ年くらいの女の人だった。おもむろにカバンの中から手作りのサンドイッチを取り出し、もしゃもしゃとほおばる。家庭用のアルミホイルにつつまれていたそれには、マヨネーズがべったりとついていた。飲み物もなく、ひたすらそれを数個食べた彼女は次に市販されているお菓子を、またももしゃもしゃとほおばり始める。森永のエンゼルパイだった。それも数個ほど飲み物なしで完食する。あたりは食べカスだらけ。決して太っているわけではなく、見た目もふつーだけに、そのギャップには驚かされた。彼女はきっと過大なストレスにさらされているのだろう。なんだか、今日の昼のことなんてちっぽけに思えてきた。確かに皮算用が狂ったので、もう一度資金繰りを考えなきゃならないんだけど、考えて行動したらすぐにでも解決することだからね。一時的な就職なんて。
今日は、大学時代のバンド仲間だったオサムの家にて就寝。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

アメモリ [ヒロシサン こちらにくるならいつでも呼んでや。 そんなわたしと遊ぶほど、暇とちゃうって? 気がついたら是非。鎌倉行こ..]

アメモリ [気がむいたらの間違いです。]

joy [ざーんねーん!! さぁ雪山が待ってますよw]

アジア狂 [さあさあそのまま仙台にも来てちょーだい。かき養殖のバイトは1日1万8千円だよ。]

uracci [雨> いや、今日まさにランチでもと思って携帯メール&電話したけど、つながらず…。まだボーダフォンかに?週明けまでいる..]


2007-01-11 死にそうになったこと

okurayama_yokohama

ごっつい久しぶりにインドはラダックのヒマラヤ山中にある凍った川を歩いた盟友、TAKAから電話がかかってきた。なんでも仕事の関係で土曜日に東京へ来るそうな。うむ、これは川二郎か岸田屋に決定だな。
TAKAとの3週間ほどの思い出の中で、最も記憶に残っているのはギャルモスティンというポイントでのことだ。ザンスカール川が大きく曲がっているため流れが早く氷が張りにくい難所なのだが、自分達の時も案の定、氷が張っていなかった。崖を大きく登って迂回しなければならなくなった。その絶望というか苦労への予感が確定したとき、自分達はギャルモスティンの数百メートル手前にいた。
「あそこの崖から登るぞ」とガイドのスタンジンが言ってから、崖の手前までにまずひとつの難所。川の水面が見えている寸前まで行くということは、氷が薄くなっていることを意味する。白かった氷がどんどん川の色に近くなっていく。バキンバキン割れていた氷は、湿ったミシリミシリという音に変わっていく。ついには川の流れが足元に見え始め、踏んだところから浸水していくようになった。
U字谷に流れる川に張る氷は、川縁だから分厚かったり安全だったりする保障はない。ときには中央部分の氷が最も分厚かったり、川縁でも氷が避けて落下してしまう恐れがある。また、氷の張った流れの早い川に落下するということは死亡を意味する。寒さもあるが、流されてからでは氷がジャマで空気を吸うことができないのだ。これまで安定した氷を歩いてきたことを思い出すと、一度落ちたら生存はあり得ない状況だった。
あと数十メートルのところで限界がやってきた。4人パーティーで歩いていたのだが、もっと4人の距離を離さないと氷が落ちてしまいそうだったのだ。最初に氷の安全を確かめるためにスタンジンが、次に最軽量のソンブーがソロリソロリと氷を選び、陸地に上がった。その衝撃で氷の上には水が浸水してきている。歩いている順番から次はTAKAが行くことになった。結果から言うと、TAKAは陸地に渡ることができた。しかしながら、飛び乗るときの衝撃で陸地近くの氷が割れてしまったのだった。
自分はもっと遠いところから陸地に飛び乗ることになった。距離的には不可能なので、これまで引いてきたソリから荷物を降ろし、ソリを浮島に渡る作戦を我々はとった。いま思い出すと、それができたら忍者である。でも、自分たちにはその方法しかなかった。ソリのおかげで全身が濡れるのは避けることができたが、腰の上まで浸水しまった。なんとか上半身は何枚か着ている服の2枚目くらいまでの浸水でこと無きを得た。しかしながら下半身は大ダメージ。急いでザックから新しいズボンと靴下、ビニール袋を取り出す。ビニール袋は水を吸ってしまった靴と靴下を分離するためである。手早く着替えたのだが、脱ぎ捨てた衣服と靴はすでに凍っていた。恐るべし、大自然。
冷たくてグチュグチュになった気持ちの悪い靴を履き、斜度50度以上の岩とレキの急坂を登攀。砂がグリップするところもあれば、砂のせいで滑ってしまうところもあったが、注意して歩けばなんとか行けるところであった。最高地点を過ぎ、坂道を降りていく。我々は愕然とした。3〜5mの滝が連続している崖!眼下には最後の15mほどの滝が小さく見える。これをノーロープで降りるのか…。そろりそろりと滝の上の平らな部分を渡りつつ安全なサイドの崖を降りていく。何度目かの氷の上で突然、天空が見えた。夕焼け後の鉛色の空。それまでの晴天で生き生きとしていた色を失った崖。死んだ、と思った。滝を何個も落ちながら崖に叩き付けられ100mくらいの標高差を落ちるのだと思った。そのとき力強い手が伸びて自分のザックを引っ張り上げた。ガイドのスタンジンだった。
その後、何度も立ち止まりながら暗くなった崖を死にものぐるいで降りきった。こんなところでは野宿はできない。が、崖の脇に小さな裂け目を見つけ2人分くらいのスペースに4人が寝た。斜めになっていたのだが、上のものからはズリ落ちてくるし、下のものからは「重たい!」と小突かれる。そんなことを思い出した。
願わくは生きている間にパーフェクト状態の氷を歩いてみたい。インド軍が道路を作ったり、地球温暖化でこのシルクロードは必ず死ぬ。だから現状が残っているうちに。

※詳しくは2004年1月末や2月上旬に書いています。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

jun [ルポもの見てるみたいで 臨場感溢れてるなあ。 個人的にはもっと「!」で終わった方が好きかな。 と、ド素人がモノカ..]

uracci [えー、「!」って格好悪いとおれは思うんだけれどなぁ。 ひとつくらいはあっていいかもね。 問題としては、jun君の心に..]

よういち [「神々のイタダキ」夢枕獏を思い出しました。大切な失わゆく景色の空気を感じて、凛とさせていただきました。]

jun [たしかに「!」があると目撃ドキュンみたいで ハードな文体には合わないかもしんないっすね。 文章はすごいおもしろかっ..]

uracci [よういち> 白骨化したマロリーには出会いませんでした。この旅、ちょっと世の中には大きく出せないよ。ノーロープで滝を降..]